細工町
(さいくまち)

 もとは村上氏の時代に上町の西側につくられた鍛冶屋町。加賀の小松から本蓮寺(本悟寺)を遷すにあたり、これを現在の鍛冶町に移したといい、寛永十二年(一六三五)の村上惣町並銘々軒付之帳には「本加治町」と見え、家数三四。飯野通り沿いには別に「六軒町」があり家七軒。町中ほどの十字路から安良町への通りは「茶ノ子町」と呼ばれ、宝永二年(一七〇五)の「寺社旧例記」には家数五軒。
 町名は本蓮寺の旧地小松の細工町にちなむという。

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