久保多町
(くぼたまち)

堀氏時代の城下絵図に「窪田町」と見え、町並み北側には馬場(おいまわし)が描かれている。寛永九年(一六三二)、直竒公の兜守り馬頭観世音菩薩を本尊として観音堂が建てられたが、後に塩町に移された。正徳二年(一七一二)の竈数は一二四。
享保六年(一七二一)の大火を経て、従前の「久保田町」を「久保多町」と改め、明和五年(一七六八)、観音堂跡地に遠州から秋葉神社を勧請した。今、参道に立つ大欅は、馬場先観音堂が建てられていた当時の樹である。
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