鍛冶町
(かじまち)

当町の起こりは上町から西へ入る通りにあった鍛冶職衆六軒であったといい、「六軒鍛冶」の名が今も残る。この鍛冶衆が元和五年(一六一九)城主堀直竒によって、小国町と肴町の間の空き地に移されたものという。寛永十二年(一六三五)の村上惣町並銘々軒付之帳には「新鍛冶町」と見え、家数一七軒。移転前の町は同軒付之帳に「本加治町」と見える。宝永元年(一七〇四)の家数二一。明治以前は和釘の製造が盛んで、その後は打刃物などを生産してきた。
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