大工町
(だいくまち)

寺町の中ほどから南へ延びる通り。南端は安良町と十字路をなし「茶ノ子町(現細工町)」に続く。寛永十二年(一六三五)の村上惣町並銘々軒付之帳には「大工町桶屋・大工無諸役之家」とあり一九軒のうち一五軒ある桶屋と大工は諸役が免除されていた。
ほかに善行寺と光西寺(現光済寺)の二か寺あった。元治元年(一八六四)には三八軒、うち大工は一八軒、桶屋一〇軒。明治になり料亭などが多くなった。町名は大工職の集まり住んだことによる。
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